そして時も過ぎ志貴達も高校三年となった。

そんなある冬の日のこと・・・

「で、七夜・・・本当に進学しないのかね??」

「はい、高校卒業後は実家に帰り家業を継ぎます」

「それで良いのかね??君の成績なら・・・」

「いえ、もう決めた事ですから」

進路指導の教諭の引きとめの言葉にも躊躇う事無く言い切る志貴がいた。

十三『告白』

「ただいま〜」

疲れた声で家のドアを開ける志貴。

「お帰りなさい志貴ちゃん」

既に帰ってきていた翡翠が満面の笑みで迎える。

「ふう・・・疲れた・・・」

「志貴お帰り〜」

「志貴君お帰り」

「志貴お帰りなさい」

「ああ、ただいまアルクェイド、アルトルージュ、シオン」

珍しく揃って居間でテレビを見ているアルクエィド・アルトルージュ・シオンに挨拶をかわす。

「志貴ちゃんおかえり。今日は焼き魚でいいよね?」

「ただいま。うんそれで良いよ」

一通り挨拶を済ませると、そのまま腰を下ろすと大きく息を吐く。

「そう言えば志貴、今日は随分と遅かったねどうしたの?」

「ああ、進路指導に呼ばれてね」

「??なんで、志貴君の成績だったら何の問題もないんじゃないの??」

「いや、逆」

アルトルージュの疑問に志貴はそう言い返す。

「志貴ちゃん成績良いもんね」

「ああ、だからしきりに進学を勧められたよ。ここの所連日だから疲れたよ・・・」

「それはご苦労様でした。志貴」

志貴は既に卒業後は実家に帰り家業を継ぐ事を進路希望に明記していた。

しかし、学校創立始まって以来の成績をこの三年間で叩き出している志貴に当然ながら進路指導が引き止めに入った。

「君の実力なら充分に国立も狙える」

「家業を継ぐのも悪くないと思うが、未だ先でも良いのではないのかな?」

「その様な狭い世界よりも君は広い世界で見識を深めるべきだ」

例を挙げれば上記の通りだが、引き止めの為に教師が使った説得の台詞はそれこそ両手両足の指を使っても足りないほど膨大な量に上る。

しかし、志貴はそれらの説得を全て拒絶して、今日まで来た。

「やっぱり志貴って七夜の暗殺者になるの?」

「ああ、なんだかんだ言っても俺も七夜・・・闇に生きる血統だから」

アルクェイドの質問にそう言って穏やかに笑う志貴。

そこにかの稀代の鬼神・・・七夜黄理の息子たる片鱗は微塵も伺えない。

しかし、いざとなればこの青年はまさしく死神と化し全ての生命を冥府に誘うだろう。

「そうだよね〜志貴ちゃんは卒業したら、私と姉さん二人一緒にお嫁さんにしてくれるんだよね〜?」

「うん・・・志貴ちゃん・・・ずっと一緒にいようね」

さも当然の如く翡翠と琥珀は志貴に寄り添う。

それに反応して

「あ〜っ!!なに言ってるのよ!!」

「そうよ!!志貴君は私のお婿さんになるんだから!!」

「違います!!志貴は私と!!」

こういった口論はもはや日常茶飯事である。

だがこの時期既に志貴はある決心をその心に固めていた。

しかしながら・・・この話はもう暫し後の話となる。







翌日は土曜日、授業も半日で終わり生徒達は次々と下校していく。

進学する生徒はここから残って自習を行ったりするが志貴には関係ない話である。

鞄に教科書を詰め帰ろうとすると

「七夜君」

「??ああ、弓塚」

さつきが呼び止めてきた。

「今・・・時間・・・良いかな??」

「今??ああ大丈夫だけどどうかした?」

「うん・・・七夜君・・・こっちに来て」

「ああ・・・」

とさつきに引かれるまま志貴は裏庭に来ていた。

「えっと・・・弓塚、話って??」

「うん・・・七夜君・・・七夜君って卒業したら実家に帰るんだよね??」

「ああ、そうだけど??」

「だからさ・・・その・・・はっきりと言おうと思うんだ・・・」

「??」

志貴自身は何がなんだかわからず、たださつきの顔・・・いや、正確には俯いたさつきのつむじあたり・・・を凝視していた。

やがてさつきは意を決したように顔を上げると

「七夜君!!私・・・貴方が好きなの!!」

無我夢中で告白していた。







「・・・・・・・・」

さつきの告白に志貴は呆然として聞き入っていた。

「ゆ・・・弓塚・・・」

どうにか言葉を発しようとするが出て来ない。

「七夜君・・ううん・・志貴君・・・私と付き合って!!」

その言葉にようやく志貴は我を取り戻した。

何を言って良いかわからないがまずは

「・・・弓塚・・・まずはありがとう・・俺を好きになんてなってくれて・・・」

さつきに礼を言っていた。

「ずっとだよ・・・志貴君を最初に見たときから」

この時さつきは必ず志貴は自分の想いを受け止めてくれると思っていた。

ドラマみたいなハッピーエンドになると信じて疑わなかった。

しかし・・・

「でも・・・」

「えっ??」

現実は残酷だった。

「ごめん君とは付き合えない」

きっぱりと拒絶の意思を志貴は伝えていた。

「・・・どうして??」

「もう・・・いるんだ・・・結婚まで考えている子が・・・俺を・・・子供の頃からずっと俺の事を想っていてくれていた奴が・・・・・・裏切れない・・・裏切る事は出来ない・・・だからごめん。君を恋人として見る事は出来ない」

言いづらそうだったがそれでも偽る事はせずはっきりと拒否の意思を伝える。

「・・・」

さつきは呆然と立ちすくんでいた。

「・・・」

志貴も沈痛な面持ちでさつきを見ていた。

「・・・そうなんだ・・・」

「弓塚・・・」

「い、良いの・・・志貴君ごめんね変な事言って・・・それとありがとう・・・きっぱりと言ってくれて・・・じゃあ・・・さよなら!!」

「・・・弓塚・・・」

駆け出していくさつきを志貴は辛そうに眺めていただけであった。







さつきは走っていた。

ただひたすらに走っていた。

脳裏に志貴の言葉がただひたすら輪唱される。

(ごめん君とは付き合えない)

(もう・・・いるんだ・・・結婚まで考えている子が・・・)

悲しかった。

やっと勇気を出して告白したに・・・

後悔した。

もっと早く言えば良かったと・・・

そして妬ましかった。

志貴にあそこまで想われている女が・・・

おそらくあの五人のうちの誰かが・・・志貴の心を独占している・・・

悔しかった。

妬ましかった。

憎らしかった。

何よりも惨めだった。

不意に辺りを見渡す。

「あれ??ここどこなの??」

見覚えが無い光景だった。

暗く寒く・・・そして静かな・・・

「どこ??ここ・・・それに私・・・どうやってここまで来たの??」

訳も判らずさつきがきょろきょろ見渡す。

「くっくっくっ・・・娘よ・・・」

ふと背後から陰鬱な声が響く。

「え??」

それが彼女の発した最後の言葉だった。







志貴が帰宅したのはもう夕方頃だった。

その時自宅には珍しい客がいた。

「あれ??エレイシア姉さん」

「お邪魔してますよ志貴君」

笑いながらコタツの中でお茶を啜っているのはエレイシアだった。

「別に構いませんよ姉さん。それでどうしました」

「ええ、志貴君にちょっと関連する事で・・・」

「俺に??」

「はい、またと言うか懲りずにと言うか、死徒達の中で志貴君の居場所を突き止めた者がいるのです」

「また来ましたか??懲りませんね連中も」

「ええ、それで死徒が一名、日本に上陸したとの情報が埋葬機関から入りました。無論目的は『真なる死神』でしょうが・・・」

「もうですか・・・」

「はい、それで一応志貴君に注意を促しに来たんですよ」

そこまで言った時だった。

不意に電話の呼び出し音が鳴る。

「はい七夜です」

翡翠が取ったようだ。

「はい・・・えっ??いえ、こちらには来ていません・・・はい、はい判りました・・・」

何か切羽詰った口調に変化した。

「何かあったのか??」

そう呟いた時、翡翠が血相を変えて飛び込んできた。

「志貴ちゃん!!」

「翡翠、どうした??」

「今ね、さつきちゃんの家から電話があって・・・さつきちゃんまだ帰ってきてないって!!」

「なんだって!!」







気付いたときさつきは薄暗い路地裏に寝そべっていた。

「あ・・・れ??私どうしたんだろ・・・」

異常に身体が寒い・・・

それに以上に咽喉が渇く・・・

「水・・飲みたいな・・・」

だが彼女は判っていた。

自身の渇きが水で潤される訳が無い事を。

「ふふふふふふ・・・」

そこに現れたのは一人の青年・・・その瞳は血のように真紅に染まった・・・

「これは僥倖と言うべきか・・・まさかこの様な極東の地でこの様な逸材が手に入るとは・・・」

男は・・・うろたえる事しか出来ないさつきを見やって邪悪な笑みをこぼす。

「娘よ・・・」

「へ??な、なんですか・・・貴方は・・・」

そこまで言ってさつきは自身の欲望をはっきりと自覚していた。

血を飲みたい・・・

生者から啜りたい・・・

それも七夜志貴の血を・・・

それに今なら判る。

自分は志貴に近付いたのだと言う事を・・・

「娘よ・・・私の力と・・・」

死徒は気付いていなかった。

目の前にいる少女はもう彼の僕でなく、独立した一個の死徒であると言う事に・・・

「うるさい・・・」

「な、何??」

「うざいから・・・消えて」

「な、なんだと?貴様下僕の分際で主人に・・・」

「あ〜うるさいな〜さっさと失せてよ」

その瞬間・・・さつきを中心に風景が一変する。

―枯れ果てよ・・・水も空気も・・・その力すらも―

さつきの声と共に

「な、何だこれは!!何故この・・・」

死徒は見る見るうちに服は風化しその両の腕と足は枯れ木よりも細くなり自身の体重に耐え切れず砕けその場に倒れる。

「あ、あああああ」

「ふふふ・・・こういうのって達磨って言うんだよね・・・さてと・・咽喉渇いたからあんたの血貰うね・・・不味そうだけど」

「や、やめろ・・・止めてくれ・・・わ、私はお前のご主人・・・ぎゃあああああああああ!!!!」

細い絶叫が木霊しやがて路地裏に静寂が訪れる。

「ふふふふ・・・待っててね志貴君・・・直ぐに五人とも殺して私が志貴君の隣に立つから。あっそれか、志貴君をまず私の僕にしてから一緒にあの五人を殺すってのも良いな」

その満面の笑みとは及びもつかない台詞を吐き出しさつきは路地裏の奥に消えていった。







その頃・・・志貴達はさつきを探していた。

「くそっタイミングが悪過ぎる」

「志貴君・・・では弓塚さんは君に告白を・・・」

「はい、返事を延ばしてむやみに傷付けたくなかったから、はっきり言ったんですが・・・」

志貴は心底悔やんでいた。

あの時引き止めなかった事を・・・

「ですが・・・そんな事をしたら逆に皆軽蔑すると思いますよ。その点では志貴君は立派です」

それを察したのかエレイシアは説く様に言う。

「姉さん・・・」

「それよりも急いで探しましょう。弓塚さんの潜在能力ですと下手をすれば、死徒に血を吸われた瞬間独立化するかもしれません」

「ええ、二手に分かれましょう」

そう言い、志貴とエレイシアは二手に分かれる。

いや、分かれ様とした瞬間、

「!!!」

「!!!」

二人とも同時に察知した。

自宅方向から感じる魔力の波動を。

「これは・・・」

エレイシアは息を呑み、志貴は嫌な予感が確信となるのを自覚していた。

「姉さん!!急ぎましょう」

「ええ、そうですね!」







時間を戻して、翡翠達は家で留守番をしていた。

翡翠達は一緒にさつきを探すと申し出てきたが、今回事が事であるため、志貴はあえて全員を残した。

最悪の事態をも想定して・・・

と、そこにインターホンの音がなった。

「は〜い」

翡翠がドアの方へと向かおうとしたが

「翡翠、待ってください」

シオンがそれを止めた。

「??どうしたの?」

「血の臭いよ」

「ええ、それも真新しい」
アルクェイドとアルトルージュが眼を細めて言う。

「じゃ、じゃあ・・・」

「おそらくエレイシアが言っていた死徒ね」

「翡翠ちゃん・・・」

姉の声に肯き居合い刀を構える。

その瞬間後ろから

「ふふふ、こんばんは」

居間に面した庭の窓ガラスからさつきがニコニコ笑っていた。

「さつき??」

「「さつきちゃん??」」

「「・・・・・・・」」

思わぬ人物の登場に翡翠と琥珀は絶句しシオンは眼を細める。

しかし、アルクェイド・アルトルージュは険しい表情のままさつきをただ凝視する。

「今日はね・・・皆に話しがあってきたの」

それに構わず朗らかな声で話すさつき。

「私ね・・・今日志貴君に告白したんだ・・・でも志貴君駄目だって・・・もう結婚まで考えている人がいるって・・・でも私は志貴君を諦めきれないの・・・それに私・・・志貴君にうんと近付いたんだ・・・だからもう邪魔なんだ・・・翡翠ちゃんも琥珀ちゃんも皆皆・・・だからさ、あんた達皆邪魔だからさっさと死んじゃって」

その瞬間、さつきは窓ガラスを突き破って居間に乱入し、咄嗟に五人は中庭に出る。

「へえ・・・素早いんだ・・・」

さつきは彼女に似合わない陰鬱な笑みを満面に浮かべ中庭に再び降り立つ。

「さつきちゃん・・・どうしたの??」

翡翠の困惑に満ちた問い掛けに答えたのはさつきではなかった。

「翡翠、さつきはおそらく死徒に血を吸われ・・・」

「そのようね・・・今のさっちんはもう人じゃないわ」

「それに厄介よ。人間であった時でも無自覚ながら固有結界を発動できた。そうなると今の彼女は・・・」

「へえ、固有結界っていうのこれ??」

その瞬間風景が一変する。

―枯れ果てよ・・・水も空気も・・・その力すらも―

さつきの言葉と同時にその周囲は赤土のむき出す荒野と化した。

「ふふふふ・・・ここで皆ミイラになっちゃって」

笑顔で残酷に告げるさつき。

「ちょっと・・・やばいわよ姉さん」

「わかっているわ」

アルクェイドとアルトルージュが表情をしかめる。

以前さつきが無自覚で発動させた結界はただ水分を枯渇させるだけであった。

しかし、今のこの状態こそが真の姿なのだろうか?

この結界内では水分はおろか、魔力すらも吸い取られているようだった。

自分達はまだ大丈夫だとして、他のメンバーは危険極まり無い。

現に人である翡翠・琥珀・シオンは既に倒れ付している。

「さ、さつき・・・ちゃん」

「も、元に・・・戻って・・・」

「さつき・・・正気に・・・」

「何言っているの?私は正直だよ。皆を殺して志貴君を私だけのものにしたいの」

にこりと笑う。

「じゃあ・・・皆」

さつきがそう言いかけた時

―煉獄斬―

紅蓮の炎が固有結界を粉砕した。

「!!」

全員の視界の先には・・・

『神剣・朱雀』を構える志貴がいた。

「志貴君!!わたしね・・・!!」

歓喜して近寄ろうとするさつきを志貴は無視して、志貴は翡翠達に近寄る。

「えっ??ま、待って!」

更に駆け寄ろうとするさつきに黒鍵が容赦なく襲い掛かる。

「!!」

だがそれを容易く交わすさつき。

さつきとエレイシアが睨み合いを続ける中、

「翡翠!琥珀!シオン!大丈夫か?」

「う、うん・・・」

「少し体がだるいのと・・・」

「手足が痺れているだけです」

「・・・良かった・・・」

そう言ってかすかに微笑む志貴。

「し、志貴君・・・」

「アルクェイド・アルトルージュ、三人を部屋で休ませて上げて」

狼狽する声を発するさつきを他所に志貴は言う。

「ええ」

「わかったわ。志貴君さつきちゃんは??」

「弓塚は・・・俺が楽にする」

その言葉には・・・いや、言葉の節々から放出される殺気には、七夜としての志貴の顔を知る翡翠達ですら恐怖の余り震えた。

それだけ今の志貴は怒っていた。

その理由の最たる物はさつきの心の奥底から見える心の声だった。

―サムイヨ・・・

―イタイヨ・・・

―タスケテ・・・シキクン・・・

『心眼』が発動するのも久しぶりだった。

さつきの心の声は過不足無く志貴にあの直後に起こった悪夢を・・・惨劇を教えていた。

それを助けてやれなかった己に怒っていた。

そして、志貴にとって大切な人を殺そうとしたさつきにも・・・

何よりもさつきをこの様に変えた死徒を・・・

だが、肝心の死徒は既にさつきの手で滅ぼされていた。

ならば自分が執り行う事はただ一つ。

「志貴君私はどうします??」

「姉さんは三人の治療をお願いします」

未ださつきと対峙し続けるエレイシアに志貴はただそう言う。

「・・・わかりました。ほら、行きますよ」

志貴の口調で察したのか、それ以上は何も言わずエレイシアはアルクェイドを急かす。

「わかったわ・・・」

「じゃあ志貴君・・・」

そう言い、アルクェイド達は自宅に姿を消す。

それを見届け、志貴はさつきと対峙する。

「・・・どうして?志貴君?私志貴君と同じになれたんだよ!!」

さつきは瞳に涙を浮かべ叫ぶ。

「私知っているんだよ!!志貴君は生まれながらの殺人鬼なんでしょ!!私も志貴君と同じ人間になれたんだよ!!どうして!!どうして私を・・・」

「簡単だ。弓塚、君と俺は完全に違うものになったから」

それに対して志貴の言葉は余りに冷たく、余りに静かなものだった。

「違う・・・」

「そうだ。確かに俺は君の言う通り殺人鬼かもしれん」

「そうだよ!!だから私・・・」

「だが、質が違う。俺は人の道を外れた外道を殺す。そして君は・・・」

「や、やめて・・・」

「その人の道を外れた外道と化した」

「し、志貴・・・君」

「だから今ここにいるのは俺の知る弓塚ではない・・・」

「志貴君・・・やめてお願いだから・・・」

「弓塚さつきの皮をかぶったただの外道だ。だから俺は・・・外道を・・・殺す

その瞬間、志貴の瞳が蒼く輝く。

それがこの世に死神が降臨した瞬間だった。

何時の間にか手には『神剣・朱雀』ではなく『七つ夜』が握られ志貴はその場に立つ。

特に身構える事もせずただ立っているだけであったが、それですら恐ろしいほどの威圧を見せる。

「あ、あああああああ・・・」

さつきはその殺気に当てられただけで失神しそうになった。

幼い頃から幾たびの死闘を繰り広げ、生き延びてきた志貴と、僅か数時間前に人から外れたものと化したに過ぎないさつき・・・

この時点で既に勝負など決していた。

さつきは志貴に勝てる訳が無い。

「う・・・うわああああああああ!!!」

恐慌に駆られたのだろう。

さつきは再度固有結界を展開させる。

―枯れ果てよ・・・水も空気も・・・その力すらも―

瞬く間に志貴の周囲は枯れ果てた荒野と化す。

しかし、志貴は表情ひとつ変える事無く

「・・・ロック」

逆に自身とさつきを固有結界もろとも閉鎖空間に封印する。

「えっ??」

そう呟いた時、既に志貴の姿は無く、

惨劇の舞台は整っていた。

―我はこの空間(地)を支配せん影―

―愚かしき供物よこの空間(地)に逆らう愚を知れ―

―ようこそ、この禍々しい完殺空間へ―

志貴の声と共に先ほどの比でない殺気がさつきの周囲に纏わり着く。

「うあああ!!!うああああ!!いやあああああ!!!」

出鱈目に腕を振り回すが、その様なもので標的が当たる筈も無い。

気がつけば

「え??」

志貴は既に眼の前にいた。

―閃走・六兎―

いると認識した時既にさつきは宙に吹き飛ばされていた。

―閃鞘・八点衝―

地面に墜落する直前、縦横無尽の輝きが交差しさつきの肉体を切り刻み

―閃鞘・十星―

容赦無く十の衝撃が身体を貫く。

―我流・十星改―

更に残像すら見えない衝撃を二つ覚えてさつきは吹き飛ばされる。

だが、地面に叩きつけられる事は無い。

―閃鞘・七夜―

―閃鞘・双狼―

―閃鞘・伏竜―

―閃鞘・八穿―

眼の前から、左右から、上下から、衝撃が加わり、灼熱の様に熱くなり、最後には痛みとなった。

さつきは訳がわからなかった。

自分は人間以上になったのではないのだろうか?

なのにどうしてここまで・・・

もうさつきにはそう思考する余裕も無かった。

―極死―

漸く現れた志貴が『七つ夜』を投擲する。

舞う様に跳躍しさつきの首を捕らえそれと同時にさつきの世界は反転し宙を浮く。

そして一瞬の内に急降下した。

―雷鳴―

九竜殺(くりゅうさつ)・・・完遂

これが志貴が試行錯誤の末に完成させた、九死衝の進化系、「九竜殺」。

固有結界が解放され一人佇む志貴

その足元には全身傷だらけ、血まみれのさつきがいた。

全身切り刻まれ、更には背骨をへし折られた。

さすがのさつきも肉体の復元は不可能らしく、足元から崩壊を始めている。

「あ・・・し、志貴君・・・私・・・馬鹿だったね・・・」

「・・・弓塚」

「さっき志貴君の・・・眼を見てやっとわかったんだ・・・志貴君は本当に私達と違うんだって・・・なのに・・・私高望みしすぎちゃったんだね・・・その挙句・・・大切なお友達殺そうとして・・・最低だよね・・・志貴君、皆にごめんって伝えて・・・」

「・・・」

暫しの沈黙の後志貴が発した言葉は意外なものだった。

「いやだ」

「えっ??」

「生憎と俺はやれない事をやれると言えるほど器用じゃないから・・・それは君が自分の口から言ってくれ」

そう言うと、志貴は全ての『極の四禁』を発動させる。

―極鞘・玄武―

―極鞘・白虎―

―極鞘・朱雀―

―極鞘・青竜―

その瞬間、もう崩壊も間近いさつきを取り囲むように東西南北に『聖盾・玄武』・『双剣・白虎』・『神剣・朱雀』・『豪槍・青竜』が姿を現す。

志貴は『神剣・朱雀』の前に立つと高らかに宣言した。

「四聖に勅命を下す。これより真技の発動をお前達の王として命ずる」

((((御意!!))))

その瞬間、奇跡が始まった。

―四聖に我命ず、世にありえ無き理ここに汝らの名を持って解放せん―

志貴の詠唱と同時に四神具が輝きだす。

『聖盾・玄武』は漆黒に、『双剣・白虎』は純白に、『神剣・朱雀』は紅蓮に、そして『豪槍・青竜』は蒼ざめた光でそれぞれ競う様に中心のさつきを照らす。

―朱雀の炎は解放を表し―

志貴の手に握られた『神剣・朱雀』が突如炎を噴き出しさつきの身体を包み込み、やがて灰に変える。

―白虎の風は蘇生と復活を表す―

次に握られた『双剣・白虎』より吹き荒れる風は灰を吹き飛ばすと思いきや、灰は形を整え弓塚さつきの肉体を再生させる。

―青竜より与えられし大地の恵みは癒しを与え、玄武の水の裁きは邪なるものを打ち砕かん―

『聖盾・玄武』からは奔流の如く水が噴出しさつきの身体を洗い流す。

その過程でさつきの身体からドス黒いものが抜け落ちていき、それが全て流されると同時に握られていた『豪槍・青竜』の光に導かれるように地面が隆起しさつきの身体を優しく包み込み数分後隆起が収まるとそこには傷一つついていないさつきの身体が横たわっていた。

「・・・ふう・・・」

完全に終わると同時に志貴はその場にへたり込んだ。

(お疲れでございました主よ)

四聖を代表してか玄武が声を掛ける。

(ああ、さすがに疲れた・・・真技は本当に負担がかかる・・・)

(当然でございます。我ら全てを解放したのでございますから・・・それと主よ)

(ああ、わかっている。おいそれと使わない。これはむやみやたらに使えば寿命にも関わるから)

(それを聞き安心いたしましたぞ主よ・・・では私はこれで)

(ああ、)

その言葉を最後に四つの神具は姿を消し聖獣達は志貴の精神世界奥底に眠りについていた。

「・・・オープン」

指を鳴らすと空間の閉鎖が開け放たれる。

とそこに

「志貴〜」

「「志貴ちゃん!!」

「「志貴君」」

「志貴!!」

アルクェイド達が戻ってきた。

「翡翠、琥珀、シオン大丈夫か??」

「うん、大丈夫」

「はい、幸いさつきの固有結界の影響はまだ小さかったので重症とならずに済みました」

「そうか、良かった」

「志貴ちゃんそれでさつきちゃんは??」

「ああ、後ろに」

そこまで言った瞬間、志貴はさつきがどの様な姿をしているか思い出し、血の気が引いた。

そして、それを見たアルクェイド達は瞬く間に般若と化した。

「「志貴ちゃん・・・一つ聞いていいかな?」」

「は、はい」

「どうして弓塚さんは」

「裸になっているの?」

「可及的速やかに納得の行く説明を志貴に要求します」

「出来ない時は・・・わかっているわよねぇ〜」

そう、先ほど志貴は『真技』解放時に一度さつきの肉体を完膚なきまでに焼き尽くしていた。

その結果どうなるのか?書くまでも無い結果であろう。

さすがの真技も服まで再生は出来ない様であった。

更に間が悪い事が起こった。

「う、うん・・・」

さつきが眼を覚ましたのだ。

「あ、れ・・・えっ?ええっ!」

「あ、ああ・・・弓塚・・・おは」

「し、志貴君に・・・裸見られた・・・」

その台詞が引き金となったのだろう・・・次の瞬間

「「「「「志貴(ちゃん、君)の浮気者!!!!」」」」」

中庭は先程以上の戦場と化した。







「はあ・・・はあ・・・」

数分後、志貴は居間で半分死にかけていた。

何しろ、アルクェイドのマーブル・ファンタズム、アルトルージュの『月界賛美歌』内での『ジェベ』、翡翠・琥珀の『極死・影蝕』をダブルで、シオンはブラックバレルをフルバースト状態で叩き込んでいた状態で生き延びたのだから。

この時ほど、志貴は神具、『聖盾・玄武』の存在をありがたく思った事は無い。

理不尽とも思えたが、その言葉にすら聞く耳を持っていなかった。

そしてその隣では和解の済んださつき達が仲良く談笑していた。

「本当にごめんね」

「いいよさつきちゃん」

「うん・・・」

「そうです。さつきには罪はありません。さつきに牙を向いた死徒こそ元凶なのですから」

「ねえ・・・志貴君・・・大丈夫なの??」

「心配は無用よさつきちゃん」

「うん・・・志貴ちゃんにはいい薬だから」

「それにしてもどうやって死徒から人間に戻れたのですか??」

「それは志貴の仕業でしょ?」

「う〜ん・・・それはどうしてか判らないの。なんかした様な気がするんだけど、その時は朦朧としていたし・・・」

「凄いわね志貴君、死者を生き返らせたり死徒から人間に戻すなんて」

「ええ、そうですねこれは是非とも志貴君に確認を取らないといけませんね」

「姉さん、すまないけど、これだけはパスで」

「え〜っ!!」

「教えてよ〜」

「駄目」

そう押し問答が暫く続いていたが不意にさつきが

「志貴君」

「ん??」

「そのね・・・」

「??どうしたんだ?」

「志貴君!!やっぱり私と付き合って!!」

「い、いや・・・」

「わかってる!!志貴君の答えは・・・でもね・・・私志貴君に裸見られたし・・・それにやっぱり志貴君が好きなの!」

「ゆ、弓塚・・・だが・・・」

「それに私もう志貴君の足手まといにならない!!」

「えっ?」

「実はね・・・」

そう言う前にエレイシアが言葉を継ぐ。

「実は弓塚さんの魔力が死徒化の時と同じ量で保たれているのです」

「なんだって!!」

「じゃあ・・・」

「はい、固有結界も何の問題無く発動できます」

さすがに肉体的な強度は人間のままですがと語を繋いだ。

「それにこの事態が教会に知れれば彼女は間違いなく処断されますよ」

「そ、それはそうだけど・・・」

「そうよ!!どうして志貴とさっちんが付き合う口実になるのよ!!」

「簡単です。彼女が『真なる死神』の手中にあると知れば埋葬機関も騎士団も彼女に干渉を行うのは不可能だからです。何しろ『真なる死神』の大切な人に手を出せばどうなるか彼らは身をもって思い知っていますから」

「いや、だけど姉さん、そんな理由で付き合うのはあまりにも・・・」

志貴が抗弁を試みるがそれは

「志貴君、それを君が言えるのですか?五人の女性を・・・いえ、あともう一人囲う事が確定していますから六人ですね。それだけの女性を囲っている君が」

エレイシアの的確な事実の指摘で粉砕された。

「だから志貴君!!」

「ううっ・・・」







そして結局・・・

「はい志貴君!!お弁当!!」

「あ、ああ・・・すまない弓塚」

「違うよ。さつきって呼んで」

「あ、ああ・・・さつき」

「うん」

満面の微笑で志貴に弁当を渡すさつき。

それを受け取るしかない志貴。

一方その様を冷たい視線で眺めるのはさつきを狙っていた男子生徒。

「またか・・・」

「畜生・・・遂に弓塚さんまで」

「あの女誑し・・・」

「極悪人の七夜め・・・」

そして、文字通り絶対零度の視線で志貴を睨み付けているのは琥珀達。

「志貴ちゃんの馬鹿・・・」

「酷いよ・・・志貴ちゃん」

「むぅ〜」

「むす〜」

「志貴・・・こうなれば・・・私も」

その中央で志貴はまさしく針の筵を延々と味わう事になった。

(なあ・・・俺・・・何処で間違えたかな?)

(それは我らは何とも・・・)

内心では志貴の嘆きの声に、さしもの四聖も困惑に満ちた声を返す事しか出来なかった。

(と言うよりもこれは主の自業自得なのでは?)

的を射過ぎた玄武の言葉に志貴は暫し落ち込んだ。

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